胆沢城跡
胆沢城跡
◆時代背景・平安時代
◆ゆかりの人物・坂上田村麻呂
胆沢城は、平安時代802年、坂上田村麻呂によって造られた古代城柵です。
808年には鎮守府が国府多賀城から胆沢城へ移され、鎮守府胆沢城が成立します。10世紀の後半ごろまでの150年間ほど鎮守府でした。国の指定史跡。
◆アクセス
国道4号線から県道270号線に、北上するように入り600mほどの所に「奥州市埋蔵文化財調査センター」看板の先200mのどの右側の県道270号線沿いにあります。
胆沢城跡の地図
県道270号線沿いにある石碑。この隣りにちょっと車を止めるスペースはありますが、基本的に駐車場はありません。「奥州市埋蔵文化財調査センター」から左程遠くないので、「奥州市埋蔵文化財調査センター」の駐車場に止めて歩くと良いです。

1辺約670mの方形だったと言われていますが、現状の胆沢城跡は奥に幅はありますが横幅は左程ありません。
胆沢城の中心的建造物跡地が、現在遺構として見られる部分のようです。

入り口付近に胆沢城についての案内板があります。
しっかりとした大きい物です。

建築物の跡地は、土が盛られたようになっていて、その中心部にはどんな建物だったかの、看板があります。
正殿跡には、木を組んだような物と説明の案内板がありました。


この地に立って、東西の山々と北上盆地を眺めると、北の盛岡・南の一関。
盆地の中心的部分として、鎮守府としてこの地が選ばれた事が解る気がします。

世界遺産申請物件