長者ヶ原廃寺跡平泉(世界遺産への道を旅行)

平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―(世界遺産)

長者ヶ原廃寺跡

長者ヶ原廃寺跡


◆時代背景・平安時代
◆ゆかりの人物・安倍氏、藤原秀衡の御用商人金売吉次


藤原秀衡の御用商人金売吉次の屋敷跡と伝えられてきたが、建物の配置、出土した土師器などから、平泉藤原氏時代か、それ以前の重要な寺院跡と考えられています。


長者ヶ原廃寺跡と浄土思想
伽藍配置などから、奥州藤原氏の祖先の「安倍氏」が建立されたと考えられています。
その技法も、
本堂跡と南門跡は中心軸でそろえられており、その延長線上に中尊寺の丘陵の最も標高が高い部分に到達する事。
本堂と南門に標高差が1mあり、南門が視界をさえぎらない工夫がされている事。
東側には視界を遮ることなく「束稲山」を望むような設計。
安倍氏滅亡後は奥州藤原氏の祖先崇拝、あるいは浄土思想の対象として「長者ヶ原廃寺跡 」が生きていた遺跡と考えられているようです。



◆アクセス
田んぼの真ん中にあります。奥州街道から入ってくる「県道37号線」沿いに、案内の支柱がありますので、それを目安に、奥州街道側から入った場合は、左折すると遺跡に辿り着きます。



長者ヶ原廃寺跡の地図






近くまで行くと、かなり立派な石碑が建っています。
史跡である事が解ります。また説明の案内板もあります。

長者ヶ原廃寺跡


長者ヶ原廃寺跡



看板付近は、長者ヶ原廃寺の南西部分のようで、そこからは遺構の姿は解りにくい状態です。

長者ヶ原廃寺跡



少し奥まで歩いていくと、礎石が並んでいる事が解ります。
1000年前の物としては、規模の大きいものであったと想像がつきます。

長者ヶ原廃寺跡



長者ヶ原廃寺跡よりちょっと衣川寄りに「渡船場跡」があります。
これは、御用商人金売吉次の屋敷だった時代の名残でしょうか?
長者ヶ原廃寺跡


長者ヶ原廃寺跡



立て看板にも表記があります
「室の木屋敷跡」
源義経にも由来があるといわれる庭園跡も近辺にあります。

長者ヶ原廃寺跡


長者ヶ原廃寺跡