中尊寺
中尊寺
◆時代背景・平安時代
◆ゆかりの人物・藤原清衡(開山は慈覚大師円仁)、松尾芭蕉、西行、武蔵坊弁慶
古くから観光名所としても知られている「中尊寺」
藤原清衡が平泉に居を構えた際、中尊寺を復興し「金色堂(国宝)」を建て、建立のさいの願文で「蝦夷」の征伐以来、前九年後三年の役など、奥州での多くの戦いで亡くなったものすべての霊を敵味方の区別なく浄土へと導き、さらに自らも浄土へと往生したいと読み上げた事が
「浄土思想を基調とする文化的景観」を作り上げた「平泉」の原点でもあります。
松尾芭蕉が奥の細道にて、中尊寺金色堂を訪れた際
「五月雨の 降残してや 光堂」と読み上げた事でも良く知られています。
◆アクセス
所在は平泉町の中では北西部。
国道4号線沿いに山門があります。
中尊寺の境内の地図です。
山道に沿って、様々な堂が並んでいます。
山道の脇に側道になっていて、迂回しながらも登れるようになっています。
中尊寺(月見坂)
中尊寺(月見坂)
樹齢300年の老杉に覆われている参道です。
この参道にそって中尊寺本坊のほか、17か院の子院が並んでいます。
老杉に覆われているので、シンシンとした感じを想像するのですが、参道の下のほうではすぐ横を走る国道4号線の車の音が聞こえて、左程の風情はありません。
ここは大変でも、上まで登って行くと国道の喧噪から離れた風情が出てきます。
観光客(私自身もそうですが)も多いので、風情を味わうには朝早くなど(拝観時間は通常は8:00、冬期は8:30)に訪れてみたい所です。
参道の入り口にある石碑

本堂まで560m、金色堂まで800m。
側道の子院なども拝観すると、もっと歩く事になります。

参道を少し入ったところに建っている「月見坂」の石碑。

月見坂を登り始めの付近。まだ日差しが入り込んできます。
ここではまだ国道の喧噪が聞こえます。

数百メートルくらい歩くと、大分木々に囲まれた山道になってきます。

結構長い道のりですので、覚悟が必要です。
中尊寺入り口(武蔵坊弁慶の墓)
中尊寺入り口(武蔵坊弁慶の墓)
国道4号線沿いに、入り口があります。
幹線道路沿いで、これほどの観光地ですので、この近辺は物凄く渋滞が激しいです。(地元の人の話では絶えず渋滞しているそうです)
渋滞を避けるのであれば、他の駐車場から歩いたりする事も良いかもしれません。
中尊寺前の歩道橋、太鼓橋になっています。

訪問した時が丁度菊祭りをやっていました。
入り口に、菊でできた金色堂がありました。

山門の手前側に位置する、三角州のような場所に「武蔵坊弁慶の墓」があります。



中尊寺菊まつり
中尊寺菊まつり
2007年で第22回の菊まつりとの事なので、1985年頃から行われているようです。
22年続いていれば、歴史のあるまつりではないでしょうか?
周辺市町村の菊愛好団体などが出品した三輪、盆栽、懸崖(けんがい)など計550点以上あるそうです。
菊まつりの菊たち
入り口には「菊まつり」の立て札と、「菊金色堂」


その他、色鮮やかな菊たちです。






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