平泉(世界遺産への道を旅行)

平泉ー浄土思想を基調とする文化的景観(世界遺産)


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骨寺村荘園遺跡と農村景観(googlemapsによる衛星写真)


はじめに(平泉、世界遺産への道)

世界遺産。人類が後世に残すべき資産。


各国がユネスコに登録申請出来るのは「1年に1箇所」のみです。

日本の2007年度申請物件(登録可否が決定されるのは2008年)
「平泉ー浄土思想を基調とする文化的景観」となります。


平泉は中尊寺金色堂などで有名ですが、その土の中にはまだ沢山の歴史が埋もれています。


奥州藤原家の資料も、奥州藤原家滅亡の際に、藤原泰衡が焼失させた「伽羅御所」と共に燃え落ちたと言われています。
鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」などの、少々の記載。
そして、土の中の遺構を発掘する事で解ってくる事実。


マルコポーロが「黄金の国」と日本を言ったのは「平泉」とも言われていたり、金色堂には「アフリカ象」の象牙が使われるなど、平安時代では想像もつかない様な「世界的交流」も見受けられる都市である事。


もちろん「中尊寺金色堂」も、人類が後世に残すべき資産ですが、その他多数の歴史的遺構のある都市が「平泉」を中心とした、今回世界遺産登録申請をしている地域です。


平泉(世界遺産への道を旅行)





平泉の歴史的背景を「旅行者としての視点」で感じた事です。


「浄土思想や文化と平泉」
奥州藤原氏の理想郷として作られた「要所に大寺院を配した都市平泉」
三代で完成していった「中尊寺、毛越寺、無量光院」
平安時代後期の建築物である「中尊寺金色堂」
絶大な財力と権力を誇った、奥州藤原氏の100年史
西行と平泉



「戦いの歴史」
坂上田村麻呂とアテルイや蝦夷
源義家を始めとする源氏と安倍氏・清原氏
源義経と奥州藤原氏の滅亡の関係



「近世の平泉」
松尾芭蕉と平泉
伊達家と平泉


世界遺産へ申請されたその「背景」を知りたくて、平泉に数回足を運び、そしてこのサイトを作成しました。


平泉の世界遺産登録申請物件を、スナップビデオにまとめましたので、是非ご覧ください。




また、サイト内では旅行者としての視点で
・基礎知識
・平泉観光の楽しみ方
・生の旅行者としての感想
を掲載しています。



その歴史的魅力を「旅行者として」紹介出来るサイト。

実際肌で感じた、平泉の息吹をお伝えできれば幸いです。




平泉近辺の観光旅行日程

平泉近辺の観光旅行日程


通常の観光であれば、一関駅から出ているバスツアーなどでお好みのコースを選ぶのが良いかと思います。
ここでは、世界遺産を中心とした個人旅行の例を紹介します。


平泉近辺の歴史の流れとして
ー坂上田村麻呂・アテルイ時代
ー源義家・安倍氏時代
(前三年後九年の役)
ー奥州藤原家時代
ー松尾芭蕉奥の細道
ー伊達家時代
となります。
坂上田村麻呂・アテルイ、前三年後九年の役時代の時代考証ですと、水沢江刺駅よりだいぶ北側にも沢山遺構があるのですが、一関~水沢江刺までの遺構に的を絞って行程を組んで見ます。


ルート例

平泉近辺の観光旅行日程



一関・水沢江刺、水沢江刺・一関、北上ルート南下ルート、どちらでも良いと思いますが、南下ルートでの、観光地の回る順番例です。


胆沢城(奥州市埋蔵文化財調査センター)→えさし藤原の郷→黒石寺→正法寺→幽玄洞→猊鼻渓→白鳥舘遺跡→長者ヶ原廃寺跡→平泉中心部(中尊寺・毛越寺など)→達谷窟→骨寺村荘園遺跡→厳美渓

北上ルートであれば逆の順番でよいと思います。

日程として
1泊2日であれば、平泉中心部を初日と2日目に分割するような感じ。
2泊3日であれば、平泉中心部を2日目1日がかりで回ると良いでしょう。
世界遺産というテーマで全部回るには、日帰りはあまりお勧めできません。


平泉中心部だけであれば、1日で回ることも十分可能です。


平泉近辺の観光旅行日程




日程を組む際に、前述の時代背景で見る場所を選択するなり。
厳美渓や猊鼻渓などを組み込むかどうか。
世界遺産に的を絞るのか、などの工夫があると楽しいと思います。
一関~水沢江刺区間は直線で言えば、車で1時間かかるかかからないかの距離ですので、距離感としてはそのくらいの計算でよいと思います。

平泉近辺観光地図(マークに名所の概要が入っています)

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